「笑うの 初めて見た」 〜諦めなくていい暮らし②〜
2026.08.19
りいふが支える「諦めなくていい」暮らしの話第2弾です。
胃ろうからの栄養。
日中も夜間も必要な吸引。
移動や排泄の介助。
医療的なケアが増えるほど、利用できるデイサービスやショートステイは限られ、本人や家族の希望とは別に、施設入所が現実的な選択肢になっていくことがあります。
第2回は、脳出血の後遺症により、胃ろうと頻回な吸引が必要になった健一さん(仮名)の話です。
医療が必要になるほど、選択肢が少なくなる
健一さんは脳出血を発症し、手術後にリハビリ入院をされていました。
右半身に麻痺が残り、話すことは難しくなりました。
身体を動かす際にも、本人の力を生かすことは難しく、介助する側の力に大きく頼る状態でした。
また、周囲の言葉をどのくらい理解しているのかも、反応だけでは判断が難しいとされていました。
食事は、胃ろうから一日3回。
入院中に誤嚥性肺炎を繰り返しており、昼夜を問わず吸引が必要でした。
「医療的なケアが必要だから、通える場所がない。
通える場所がないから、家族が介護を抱える。
家族だけでは続けられないから、施設を探す。」
僕たちはこの流れにしばしば直面します。
退院後の生活について、ご家族と話していたときのことです。
「でも、一回は家に帰してあげたいんだよね」
最初から施設へ向かうのではなく、まずは家族のいる家へ帰る機会をつくりたい。
それが、ご家族の思いでした。
医療を支えながら、暮らしを始める
退院したその日から、僕たちの関わりが始まりました。
看護師が自宅を訪問して呼吸状態や胃ろうの状態を確認し、主治医や薬剤師と相談しながら、栄養剤や薬の管理方法を、自宅で続けやすい形に整えました。
吸引や胃ろう、オムツ交換、体位変換など生活に関わることはご家族と一緒に確認しました。
家族ができること。
専門職が担うこと。
実際の生活の中で、その都度整理していきました。
便の処理や発熱のときには、ご家族から電話があり、僕たちが緊急で訪問することもありました。
栄養剤の投与やオムツ交換についても、初めのうちは娘さんから、
「まだ怖い」
「一人では心配」
という言葉が聞かれていました。
当然の事です。
それが少しずつ、
「多分やれると思う。困ったら連絡します」
に変わっていき、僕にはご家族の小さな心のガッツポーズが見えるよう
になりました。
通いでは、
入浴や排泄を支援すると同時に、座る、身体を起こす、車いすへ移るといった動きを、暮らしのなかのリハビリとして積み重ねました。
医療的な安全を支えること。
本人に残された力を使うこと。
選ぶ、示す
好きな音楽を流すと、目を潤ませる。
見たい動画を、自分で選ぶ。
好きな味の飴を選び、職員がそばで見守るなか、ゆっくり味わう。
ときには、こちらの心配をよそに、しれっと噛み砕く。
だから口腔ケアは飴を食べた後がいつもの流れです。
ある日、自宅へお送りした後、帰りのあいさつをすると、健一さんは左手を差し出しました。
こちらがハイタッチをすると、健一さんの口元が緩みました。
それを見た奥様が
「笑うの、初めて見た」
と呟きました。
今度は奥様とハイタッチをすると、健一さんの目から、涙があふれました。
言葉が出ないことと、理解していないことは同じではありません。
病院で理解を捉えることが難しかったのは、そのときの状態や環境では、反応が見えにくかったからかもしれません。
場所が変わり、家族との暮らしに戻り、同じ職員が継続して関わる。
自分で選び、自分の意思を示す。
そんな健一さんの「普通」が少しずつ戻ってきました。
身体にも表れた変化
初めは、車いすへの移乗を、介助者の力に大きく頼っていました。
しかし、繰り返し身体を起こし、残された左手と左足を使うなかで、声かけに応じて移乗に参加する場面が増えていきました。
やがて、左手と左足で車いすを自分で動かし、行きたい方向へ移動するようになりました。
ご家族からは、
「最近、靴を自分で履くよ」
と教えてもらいました。
小さなことに見えるかもしれません。
けれども、それは介助を受けながらも、健一さんが自ら選択して自ら動いて、自分の暮らしを取り戻してきている証です。
可能性を閉じないために
退院から約1年。
健一さんは、心配されていた誤嚥性肺炎を起こすことなく、自宅でご家族との暮らしを続けています。
すべてを一人でできるようになったわけではありません。
胃ろうも、日々の介助も、今も必要です。
でも、退院時に見えていた姿とは違う、健一さんの「らしさ」は健一さ
んを生き生きと輝かせ、僕らの光になっています。
りいふが目指すのは、医療的なケアに対応し、受け入れることだけではありません。
安全を支えながら、本人が選び、身体を動かし、暮らしに参加して、
諦めていたことに挑戦する機会を応援することです。
「医療的なケアが必要なことを理由に、本人の可能性まで閉じない。」
できないと決めずに、その人のなかに残されている力を、暮らしのなか
で確かめていく。
それが、看護小規模多機能「りいふ」の役割だと考えています。
利用するかどうかが決まっていない段階でも構いません。
「医療的なケアが多いから難しい」と結論を出す前に、現在の状態と、ご本人・ご家族が望んでいる暮らしをお聞かせください。
小森

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